2019年3月20日水曜日

1章7節 奥山村ふるさとキャンプ始まる -2日目-

二日目の朝、いい天気です。
子供たちは、すでにざわざわしています。
今日は、川遊び、子供たちが、楽しみでないはずがありません。天気も最高です。

スタッフは目が覚めた瞬間から、大忙しです。
平野君は、すぐに、朝食の支度にとりかかります。谷口君もお手伝いしています。
川上さんたち、リーダー5人は子供たちと布団を畳んだり、部屋の掃除をしたりと、大騒ぎです。
福田さんは、子どもたちの周りをまわりながら、ほうきの使い方を教えたり、ぞうきんを絞ってあげたりしています。

朝ご飯はお天気がいいので、公民館の前の広場に机を出して、食べます。
机の上に、食パン、レタス、ハム、スライスチーズなどを並べます。
子供たちが、自分でパンを取り、その上に好みのものを乗せていって食べるのです。
マヨネーズや、ケチャップなども並んでいます。
そして飲み物の牛乳やオレンジジュースなども並んでいます。
そして、ポテトチップなども並びました。

さあ、いただきますです。
子供たちは大はしゃぎです。何せ、普段はきちんと座りなさいとか言われる食事時間が、まるでお祭りのように、立ったまま食べていいのです。もちろん、歩き回るのもオッケーなのですから。わいわいがやがやと、いろいろなものを乗せています。
しかし、ひとり、パンとジュースだけを持って公民館の縁側に腰かけて食べてる子がいます。昨夜、話題になった三枝君でした。
福野君が、横に腰かけて何か話しています。福田さんは福野君に任せることにしました。
そして子供たちの列に交じって、自分のサンドイッチをつくはじめました。
レタスやハムを乗せ、最後に、ポテトチップスを手に持つと、ぐしゃりと握って、粉粉に砕き、パンの上に、乗せました。そしてマヨネーズをたっぷりとかけてサンドしました。
それを見ていた子供たちが、不思議な顔をしています。
テル君が興味津々で、「そんな風にしておいしいの?」と、福田さんに聞いてきました。
「俺はおいしいと思うよ。してみたらどうだい?」
「うん、やってみる!」
テル君は、さっそく新しいサンドイッチを作り、最後に豪快に、ポテトチップスをバリバリバリと握りつぶして、のせました。マヨネーズもたっぷりです。
そして、大きな口を開いて、ガブリと…「うん、うま~い」
そうすると、子供たちはみんなポテトチップスを乗せ始めました。
福田さんは、にやにやしながら、それを見ながら、サンドイッチをほおばっています。
平野君が近づいてきて、「先に川に行きます。片づけは伊藤さんと谷口君に頼んでおきましたから。」と、ささやきます。
「うん、よろしくたのむ」と、福田さんは平野君の肩を軽くたたきました。
平野君は軽く手を挙げ微笑むと、借りている軽トラックのほうに向かっていきました 。

子供たちは、ポテトチップを挟むのがすっかりお気に入りになったようで、食パンも、レタスも、食材をほとんど平らげてしまいました。
そして、大きな声で、ごちそうさまを言うと、福田さんが、
「それでは…」と、話し始めました。
子供たちは、川遊びのことだと、福田さんのほうを見つめます。
「今日は川遊びだね。」
みんな大きくうなずきます。
「準備するものは、それぞれのリーダーに聞いてください。それから、水筒に入れる麦茶をここに用意してありますから、自分たちで協力していれましょう。」
「みんなの準備ができたら、出発します。では、かたずけを始めましょう」
子供たちは、早く川遊びに行きたいので、こぞって、朝食の片づけを始めました。
そんな中、福野君が福田さんのところにきて、
「福田さん、三枝君が川遊びに行きたくないっていうんですよ。」
「どうして?」
「さあ…」
「どうしてかな~」
「いろいろ聞いたんですが、はっきり言わないんですよ。」
「朝ごはんも、パンしか食べていなかったようだね。」
「そうなんです、何もつけないでパンだけむしゃむしゃと。いつもそうだからというんですよ。」
「わかりました,ちょっと私が聞いてみましょう」
福田さんは、三枝君を探して歩き始めました。
三枝君は自分の荷物のところに座っていました。
福田さんはピンときました。
「洋君。神保リーダーから聞いたけど、川遊びに行きたくないんだって?」
三枝君は、名前を呼ばれると、ビクンとして、振り返りました。
そして、福田さんが、川の話をすると、小さくうなづきました。
「どうしていきたくないんだい?」
三枝君はうつむいて何も言いません。
「どっかぐあいでもわるいのかな?」
小さく首を横に振ります。
「川がきらい?」
やはり横に振ります。
福田さんはもうひとつ聞きました。
「川遊びに行くのに、何か忘れてきちゃった? 水着とか?」
すると、三枝君は、頭を下げたまま、もっと深くうなだれました。
「忘れたのは、みずぎ?」
「うん、それと、バスタオルとか、水中眼鏡も。あと、川遊び用の靴も。」
「そっか、わかった。本当は、川遊びしたいんだろう?」
「うん」
「じゃあ、忘れたものは何とかしてあげるから、川にはいこう。川につくまでに何としてあげる。」
「ほんと? わかった。」
三枝君は嬉しそうでした。
「それと三枝君。洋君て呼ばれるのはいやかい?」
「そんなことないよ。いつもお父さんやお母さんにもそう呼ばれてるし」
「そっか…。オッケーじゃあとにかくほかのものを準備してね。」
「はい!」
三枝君は見違えるように元気になりました。
福田さんは、節子さんに電話を入れました。寛太君は三枝君と同じ学年ということは、奥山村で仲の良かった武雄君もきっと同じぐらいの背格好だと思ったのです。
「はい、波多野です」
「あ、節子さん、福田です。」
「福田さん、おはよう、子供たちどう? みんな今夜のこととっても楽しみにしてるわよ。」
「ありがとうございます。あの、節子さん、ちょっと急ぎのお願いがあるんですが…」
「な~に。何か問題?」
「問題っていうほどのことじゃないのですが、男の子が一人、水着とか忘れましてね。武雄君ぐらいの子だと思うんですよ。寛太君と同じ学年で背格好も同じぐらいなんです。」
「なるほど、武雄君の水着を借りて届ければいいのね。」
「はい、すみません、それと、川遊びするようなシューズもあると助かるんですが…」
「オッケー任せなさい。河原に直接届ければいいかな?」
「すみませんよろしくお願いします。」 

福田さんは福野君に事情を話しました。
「そっか~。それで、ザックをのぞいていたんだな。」
「そうなんだよ。何度も何度もね。向こうに行ったら、節子さんが来ているから、ほかの子たちにわからないように、うまく三枝君に渡してください。」
「わかりました。ありがとうございました。」

みんなが集まってきました。
福田さんは、三枝君に向かって、そっとオッケーサインを出しました。
三枝君はとても嬉しそうでした。

「さあ、みんな集まったかな~?」
各リーダーが自分のグループの子供たちを点呼します。
みんな無事に集まりました。
「よ~し、みんな、これから、川に向かって出発します。忘れ物はありませんか?ちょっと確かめますね。麦茶は持ちましたか?」
「は~い」
三枝君が少し不安そうな顔をしています。
「帽子はかぶっていますか?かぶっていない人は持っていますか?」
「は~い」
「よ~し、出発します。」
みんなで列を作って歩き出します。

川に向かう道すがらでは、やはり何人かの村の人に出会いました。
朝の挨拶が、一言二言、言葉を交わし、それが、おもわぬおしゃべりに発展することもありました。
しかし、急ぎなさいとは、どのスタッフもいいませんでした。
おしゃべりをしているグループを、次のグループは追い越していきます。
そしてその先で、そのグループもまた、村の人とおしゃべりをして、30分程度の道のりが、なんと1時間もかかってしまいました。
福田さんは一番後ろから、微笑みながら、そのおしゃべりを見守りつつ、歩いていました。

河原には節子さんがもう来ていました。
そして、すでに、平野君に三枝君の水着は手渡されたようです。
平野君が、福田さんに小さくうなずきました。
どうやら、三枝君にすでに水着はわたっているようでした。
三枝君も、みんなと一緒に着替え始めています。
福田さんは、節子さんに歩み寄り、「ありがとうございました。助かりました。」
「お安い御用よ。それより…」
「なんですか?」
福田さんは、ちょっと不安になりました。村の中で何か、苦情が出たかなと思いました。結構騒がしく歩いているからな。
「あのね、村中で大評判よ。貰い風呂する予定じゃないおうちの人からね、うちにも、ふろに入りにくる子はいないかなって、問い合わせがきちゃってるの。」
「それはありがたいですね…しかし、もう決めてしまっていますし、またこの次のキャンプでお願いしますということで、お話してもらえますか?」
「わかったわ、任せて。」
節子さんはにこやかに福田さんの肩をたたきました。

子ども達を率いて谷口君とリーダーたちが川に入っていきます。
皆ライフジャケットを着ています。
プールで使うゴーグルをしている子もいます。
上流には伊藤さんが大きな黒いタイヤのチューブを積み上げています。

福田さんはわてて、下流に貼ってあるロープの方に向かいました。
彼は流れてくる子供たちの最後の関所の役なのです。
すなわち、そこよりも下流に入ってはいけない場所で、子どもを岸にあげる係です。 

下流から見ていると、子ども達は何度も何度も、上流から、タイヤチューブに乗って流れたり、チューブの順番が待ちきれない子はライフジャケットの浮力で流れてきたりしています。
何もしなくても子供たちは楽しんでいます。
中には、川のはじに行って小さなさなかを追ったりしています。
ほかの子供は、少し上流の堰堤から滝のような流れのところで、その下に入ってキャーキャーと騒いでします。

しばらくすると、谷口君が笛をピリリリリ~と吹きならします。
「休憩だよ。みんな川から上がってリーダーのところに集まるように。」
リーダーたちは子供たちを集め、全員いるか確認し、谷口君にサインを送ります。

そしてリーダーたちはお菓子を配ります。
子ども達は三々五々お茶を飲みながらお菓子を食べます。

三枝君は大きな岩の上に座っていました。
すると横に寛太君が来て、「ここにねこうやってお腹を当てて寝ると気持ちいいんだよ。」
と、三枝君を促しました。
三枝君は微笑んで、自分も、岩の上に腹ばいになりました。
「ね、気持ちいいだろう?」
「うん、寛太君いいこと知ってるね。」
「ここ、去年も来たんだ。お母さんの田舎なんだよ。」
「そうなんだ、いいな~こんなところが田舎なんて。」
「洋君は」
「田舎なんか行ったことない…」
「どうして…」
「うちは田舎に行くなんてどころじゃないのさ。お父さんはいつも酔っぱらってて、お母さんといつもけんかしてるし。気を付けないと、僕も殴られたりするんだ。」
「えっ…そうなんだ。」
寛太君は絶句してしまいました。
そんなおうちは想像すらできませんでした。
「きにしないで。別に何でもないから。それに、おばあちゃんは優しいんだよ。このキャンプもおばあちゃんが来させてくれたんだよ。」
「そうなんだ~。よかったね」
「うん」
三枝君も楽しそうな声で答えました。
福田君は少し離れたところで石に寄り掛かって昼寝をするふりをして、この話を聞いていました。

谷口君の笛が鳴りました。
再び、みんなで川に入っていきます。

川の中では歓声が響き渡ります。
そんなひと時を過ごしていると、川岸に一台の軽トラックが止まりました。
あの説明会の時に、野菜を売るなんてしない、ただでもってきてやるといったおじいさんです。
福田さんに向かって、ちょっと照れながら手を振ります。
福田さんは野口君に声をかけ、持ち場を変わってもらいおじいさんのところにかけていきます。
おじいさんは、荷台に手をついて、「ほれ、これ、子どもたちに食わせてやれ。」
と言います。そのには見事なスイカが10個ばかり載っていました。
「え、いただいてよろしいんですか?」
「いったじゃろう、子どものためだ、商売しようなんて思っね~ずら」
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて …」

その後子どもたりを呼び集めて、自分たちのグループごとにひとつづつ運ばせます。
子どもたちはお爺さんに口々に「ありがとうございます」「いただきます」と、お礼を言います。
お爺さんは、満面の笑顔で、子どもたりの頭をなでたり、スイカを渡したりしてくれています。
福田さんは横で、これでいいんだ。こんな村の人との関係が大切なんだ。
お爺さんの荷台には、包丁や、まな板代わりの板まで乗っていました。
それをお借りして、子ども達にスイカを切り分けるのを見ながら福田さんはお爺さんに、「子供たちと一緒にスイカ召し上げっていかれませんか?」
「いやいや、わしは食い飽きてるから。」
「いえいえ、それでも、子どもたちが、お爺さんと一緒に食べれたら、きっと嬉しいと思うんですよ。お願いします。」
「そうか…じゃあ、そうするか?」
福田さんは川上さんを呼び寄せて、お爺さんと一緒に食べるようお願いしました。

お爺さんは、子ども達と一緒にスイカを食べながら、スカイがどうやって育つか、どんな苦労があるか、甘いスイカの見分け方など、色々話してくれました。
子ども達は興味津々で、スカイをくわええたままおじいさんの話に聞き入っていました。

川上さんが福田さんに向かって、ウインクをしてよこしました。
福田さんは軽く手を挙げて、微笑みました。

そんな時、福野君が福田さんに歩み寄ってきました。
「福田さん、三枝君のことわかりましたよ。」
「うん?」
「さっきの休憩の時、福田君と寛太君が話しているのを聞いたんです
と、三枝君の家庭の状況を話しました。
「きっと、殴られるときに洋と呼ばれて殴られるんでしょうね。だから、洋と呼ばれると…」
「なるほど…しばらくは三枝君と呼びましょう」
「わかりました」

子ども達は、スイカを食べ終わるころ、福田さんは子供たちに声をかけ、お爺さんにお礼を言ってお見送りしました。
「ありがとうございました。今日は本当にごちそうさまでした、子ども達も大喜びでした。」
「困ったことがあったら何でも言ってくるといいぞ。」
お爺さんは、楽しげに軽トラに乗り込んで帰っていきました。
その後子供達の興味は再び、川に向いていきます。

おじいさんの軽トラが出て行ったのと入れ違いに、お弁当屋さんのワゴンが入って来ました。
お弁当が搬入されて来たのです。
福田さんが受け取っていると、写真を撮っていた伊藤さんが気づいて手伝ってくれました。
テントの下に運び込むと、川の中から、谷口くんが手で大きく丸を作って、頭を下げます。ありがとうと言っているのでしょう。そして、お弁当がきたことも承知したということなんだろうと、福田さんは思いました。

子ども達は谷口君の号令のもと、川に入っていきます。
子ども達を川で遊ばせながら、平野君を筆頭に数人のスタッフが、夜のうどんをこねる準備を始めます 。

お昼のお弁当を食べた後、谷口君は子供たちに声をかけて、うどんをこねはじめました。これは、夕食に食べるうどんを今のうちにこねて、寝かせておくのです。
食後の休憩を兼ねているので、中には、大きな石に寄り掛かって、うつらうつらしている子もいます。そんな子供は、そのままに休ませながら、元気な子供たちと、うどんをこねます。水着のまま裸でこねているので、粉だらけになっても何も気になりません。
粉の量と水の量などは、事前に計っておいたので、一生懸命にこねればうまくいきます。ある程度こね終わったなら、それを丈夫なビニール袋に入れて、踏みます。
元気な子どもたちは、「えっさ、ほいさ、えっさほいさ」と掛け声をかけ、踏みつけていきます。自然と10回交代ということになり今度は、数を数えます。1、2、3、4…と、10回を数えたら、交代です。それを繰り返します。
人数がいるので、いくつものビニール袋を、いっぺんに踏むことができ、あっという間にうどんが打ちあがりました。
そのあと、再び川で遊び、休憩し、を何度か繰り返して、川遊びもいよいよ終わりです。
皆着替えをして、帰途につく準備をしているとき、三枝君が福田さんのところにやってきました。
「あの…」
「なんだい?」
「この水着どうしたらいいですか?」
「おお、そうだったね。あずかろう、返しておくよ。」
三枝君が首を小さく振ります。「どうした?」と福田さんがとうと、
「公民館に持って帰って、洗濯してから返したい」
「そうか、そうだな。」
福田さんは微笑んで三枝君の頭をなでようと、手をのばすと、三枝君は、ぎょっとした様子で身を固くしました。しかし、頭を優しくなでると、三枝君はほっとしたように微笑みました。
福田さんはその変化を見逃してはいませんでした。
(なるほどな…)と心の中でうなづいていました。

さて、再び、歩いて、公民館まで帰ります。
来るときは下りだったのですが、帰りはその逆に帰るので、上り坂になります。
川遊びで、だるくなった体を、子どもたちは引きづるように坂を上ります。息の時のような元気はありません。
のろのろと行列を作って登っていきます。スタッフたちは子供たちを一生懸命励まします。

公民館についた時には、もう子供たちからは、声も出ませんでした。
水着を洗って干すように谷口君が指示をしました。子ども達は、嫌がっているわけではないのですが、のろのろとして、一向にはかどりません。
小さな女の子などは、部屋で荷物に寄り掛かったままうつらうつらしている子もいます。

この様子を見て、福田さんは、(しくじったな~)と、思っていました。
(川で少しあそばせすぎたな。もう子供たちにうどんを切ったり、ゆでたりするエネルギーは残っていない)
そう、考え、福田さんは、まず平野君と谷口君を呼びました。
「この様子だと、子どもたちは晩ご飯のうどんを作るのは難しいと思うんだ。」
「そうですね」と平野君。
「でも、元気な子もいますよ」と、谷口君。
「もちろん、しかし、元気な小物、注意散漫になっていると思うんだ。そんな中、火をたかせたりしたら、けがをする子が出てしまうかもしれない。そこで相談なんだが…」

平野君と、谷口君がうなずいて、福田さんを見つめます 。
「ちょっとした非常事態と考えています。そこで、子どもたちは休ませて、スタッフで夕食を作ってしまおうと思います。」
「そうですね、それがいいかと思います」と平野君
「そこで、谷口君、それに、今野さんと福野君とで子供たちを部屋の中で、遊ばせてくれますか?  急なお願いで申し訳ないのですが、何かゲームでもして、くれると嬉しいです。あまり、体を動かすものではなくて、手遊びのようなものができたらいいのですが。」
「わかりました、任せてください。」と、谷口君がうなづきます。
「そして、平野君と野口君、田中さん、川上さん、神保君は、うどん作りにかかってもらいたいと思います。いかがでしょう。」

「わかりました」と平野君。
谷口君はすぐに今野さんと福野君に子供たちを大広間に集めるように言うと、自分はスタッフの寝室に駆け込みました。
子どもたちが集まったところに谷口君はノートを一冊持って、戻ってきました。
「さあ!みんな集まれ~!」
これからクイズ大会をします。
マリちゃん(今野さんのあだ名)は、こっちの部屋の真ん中に立ってください。
てっちゃん(福野君のあだ名)は、反対の部屋に立ってください。
マリちゃんは、丸です。てっちゃんはバツです。これからのクイズはマルバツクイズです。マルだと思う人は、マリちゃんの方へ。バツだと思う人はてちゃんの方へ移動してください。
じゃあ練習しますね。
マリちゃんとてっちゃんはスタンバイしてください。
ふたりはいち早く意図を理解して、谷口君に目配せすると、それぞれの部屋の真ん中で、大きくマルとバツを作りました。
「では、問題です。今日の晩御飯はうどんである。マルかバツか」
子どもたちが、わ~っと声を上げて、マルを出すマリちゃんの方に駆け寄ります。
「それでは正解!今夜の晩御飯は、うどんです!正解はマル~」
子どもたちはおお盛り上がりです。
さて、それからマルバツクイズが始まりました。
谷口君は、もしも雨が降って予定の活動ができなかったときのために、このクイズ問題を用意していたのでした。
それも、ただのクイズではなくて、このキャンプに関係することばかりでした。
「福田さんの年は、50歳である。マルかバツか」
「この公民館は昭和32年に建設された。マルかバツか」
「みんなが泊っているこの部屋は、両方合わせて40畳である。マルかバツか」
「私、谷口は、結婚している。マルかバツか」
子どもたちは、大きな声で、バツ~と叫びながら、移動します。
こんな問題を出しながら、ときおり、
「この公民館の標高は800メートルである。マルかバツか」
といった問題や、
「北はこっちの方角である。マルかバツか」と、ある方向を指さします。
そのたびに、この地域のことや、周囲の山の名前を、織り交ぜて話をしてあげていました。
子どもたちは興味深げに、そのたびに話を聞いています。
そして、話が終わると、谷口君は間をおかず、「次のもんだ~い」と畳みかけます 。

そんな風に子どもたちは、谷口君の準備のおかげで、大いに盛り上がっているさなか、他のスタッフたちは大車輪でうどんを伸ばし、切り、汁を作ります。汁はおかずにもなるけんちん汁です。
その野菜も、大特急で刻んでいきます。なんとその野菜を刻んでいるのは福田さんでした。
川上さんはその横で、「福田さんうまいですね」
「な~に、学生の時はこうやって子供たちのキャンプで、食事の準備をずいぶんしたものですよ」
「そうだったんですか」
神保君と野口君は庭で、かまどの火をおこし、ガンガンと湯を沸かしています。
「みんなも、結構手順がいいじゃないか。」
「平野さんと谷口君とが、トレーニングで、3回ほど、野外料理の研修もしました。結構仕込まれていたんですよ。」
「そうだったんだ。3回も」
皆、トレーニングして、手に入れた技術が役に立つと張り切っているようでした。
福田さんは、やはりスタッフのトレーニングは、重要だと思っていました。
と同時に、今回は、平野君と谷口君のおかげで、技術面はある程度トレーニングされているんだなと感じてもいました。

そんなことを考えているうちにあれよあれよと、食事は出来上がり、子どもたちの部屋に運び込まれました。
子どもたちは、マルバツクイズを中断して、机を出したり食器を出したりと、手伝ってくれます。
谷口君が「みんなが食事の準備を手伝うと、うどんが早く食べられる。マルかバツか」というと、子どもたちはいっせいに「マル~」とさけび、谷口君が、「では、マルバツクイズは終わりにして食事の準備にかかりま~す。」というと子供たちは、一丸となって、準備にかかったのでした。

なんと予定よりも30分も早く食事の時間を迎えることができました。

皆、舌鼓を打っています。
準備をしたスタッフたちも満足げです。
「うまいだろう!俺がうどんを茹でたんだぞと、自慢げです。」
福田さんは、そんな中、子どもたちを見て回りながら、谷口君に近づくと、
「見事だったね、あのクイズ大会。いつ準備したんだい?」
「いや、こんなこともあろうかと、暇を見つけて、書き溜めたんです。」
「私の年までクイズになるというは、まいったがね。」
「ああ、失礼しました」
ふたりは笑いました。

とはいえ、福田さんは気を抜く暇がありません。
子ども達がもらい湯をしに行く時間がせまっています。
各グループごとに、お願いしてあるお宅に、子どもを預け、「もらい湯」をします。
そして、ある程度の時間がたったならば、リーダーがまた迎えに行くのです。
それまで、各お宅で過ごさせてもらうのです。

谷口くんからその説明を受けると、食事の片づけと、お風呂の準備へと、立ち上がりました 。



各グループのリーダーは、だれがどのお宅にお邪魔するかをすでに把握しています。そして預けていく道筋もメモにしてあります。
準備ができたグループから、三々五々、リーダーに引率されて、お風呂をもらいに出かけていきます。

その風景を見ながら、福田さんは、つぶやきました。
「問題は買えりだろうな。」村の人たちの雰囲気から言って、もう少しいてもいいじゃないかと、言われ、なかなか帰ってこれないのではないだろうかと想像していました。

リーダーが、子どもたちを預けて戻ってきます。
皆、笑顔です。あずけてくることで、何の問題もない感じがしました。

リーダーは本のひと時ではありますが、子どものいない静かな公民館でくつろぐことができました。
しかしその中でも、彼らは子供たちのことを話題氏に、これからの指導者、活動の準備のう打合せをしていました。
「さあ、ぼちぼち時間です。迎えに行ってください」
福田さんが、リーダーに声をかけます。

リーダーたちは素早く立ち上がると、子どもたちの出迎えにと出かけていきました。
ほどなくして、子どもたちが、リーダーに伴われて、帰ってきました。
子供達は、どんなお風呂だったとか、お菓子をもらったとか、もう大騒ぎです。お土産までもらってきてしまった子供もいます。
これはには平野君も福田さんも頭を抱えました。
もらった子供と、もらっていない子供に差が出ては、まずいと考えたのです。しかし、ことすでに遅し。
今更取り上げるわけにもいかず、かと言って、ほかの子供達に用意するわけにもいかず。二人は目を合わせて苦笑いをするばかりでした。
福田さんは、夜のスタッフミーティングで、解決策を考えようと思いました。

今野さんのグループが見えてきました。
今野さんは、誰かを負ぶっています。
それはあのあかりちゃんでした。
平野君が伊藤さんに声をかけて、布団を急いで敷くようにお願いしています。
谷口君が今野さんのところに駆け寄り、あかりちゃんを引き取ります。
さすがに今野さんは、ふ~っと一息ついたようです。
福田さんが、「どうしたの?」と、聞くと、今野さんが
「ホームシックになって、大号泣しちゃったみたいです。でも、おばあちゃんは、あわてず騒がず、お風呂に一緒に入って、おばあちゃんと一緒に横になってそのまま寝ちゃったそうなんです。」
「そう、そりゃあ、あした、おれいにいかないとけないね。それに、君もご苦労様でした。」
「いいえ、私は大丈夫です」
平野君が来て、あかりちゃんはそのまま寝ました。
と、報告してくれました 。

そこに、福野君のグループが帰ってきました。
スイカをくれたおじいいさんも一緒です。
福野君のグループの中で、あのおじいさんのところに行ったのは確か、三枝君でした。

福田さんは、姿が見えた途端に、何かあったのかと、おじいさんの方に歩いて行きました。
「昼間はスイカをありがとうございました。」
「いや〜なんのなんの」と、おじいさんは上機嫌です。
「何かありましたか?」
「いやあ、なんも。みんなどんな様子かと思ってな・・・」と、にこやかにみんなを見回しながら、そっと、福田さんに
「ちょっと裏に来いや。」
【え、公民館の裏に呼び出し? やっぱり何かあったのか?】
言われるがまま何気ない振りを装って公民館の裏に行くと、おじいさんが先に行って待っていました。
「子供が何かやらかしましたか?」
「うんにゃ、子供はいい子達じゃ。じゃがな、あの三枝という子じゃが…お主らは気がついてなかったか?脇腹とか、内腿とか、目立たないところではあるが、あざがあるぞ。」
「えっ!」
福田さんは絶句しました。誰かにいじめられている?
それを察したのかおじいさんは手を振りながら、
「ちがう違う、あざは、だいぶ薄くなっているから、昨日今日のものじゃない。家でやられたんじゃろう。子供同士で、あんなところに痣をつけるように殴ったりはできん。大人が考えながら殴ったんじゃ。」
「そうでしたか。実は、このキャンプの参加の申し込みも、おばあちゃんがしてくれたみたいなんです。」
「そうじゃったか。可哀想な子じゃな。」
「それでわざわざ・・・」
「うむ、まあな。教えといたほうがいいじゃろうと思ってな。」
「なんなら、しばらく預かって、こっちの学校に通わせてやってもいいぞ。」
「いや、ありがとうございます。しかし、一気にそこまではなかなか。とにかく無事にキャンプを過ごしてもらって、そのあとおばあちゃんと話しして見ます。」
「そうじゃな。まあ、なんでも言って来い。あの子のためなら一肌脱いでやるでな。」
「ありがとうございます」
福田さんは、嬉しくて、ちょっと涙ぐんでしまいました。

おじいさんは、福田さんに話し終えると、しばらくの間、子供たちの様子を桜の木の根方からにこやかに見守っていました。
そばに、駆け寄って何か話しをする子もいます。その中に三枝くんもいるのを、福田さんは目の端に入れ、心の中で微笑んでいました。

そして、福田さんは、節子さんのところに行きました。そしてお土産の件を相談したのです。
節子さんは、「言っといたのにね〜。そういうもの持たせちゃいけないって」と苦笑いです。
「どうしようかしらね」
節子さんはしばらく考えていましたが、桜の木の根方にいる、おじいさんを見つけると、「省三さ〜ん」と言って、かけて行きました。
(ああ、あのおじいさんは省三さんという名前なんだ、今初めて知ったな。そういえば、村の人の名前をあまりわかっていないな。もっと知らないといけないな。そうすればきっともっと親しくなれるな。何か方法を考えよう)と、福田さんは二人を見ながら考えていました 。

さて、節子さんは省三さんに、お風呂から帰った子供の中にお土産をもらってきた子がいることを相談していました。
省三さんは「返させるわけにはいかんしな」と、子供達に微笑みながら、つぶやきました。
しばらく思案していんましたが、「わしに任せておけ。明日の晩、みんなが食事に招待された時に、土産をやらなかった家のものには何か手土産を持ってくるように言っておこう。逆に、今日土産をよこした家は絶対に持ってくるなということにすらばよかろう。」
「なるほど!さすが省三さん。」と、節子さんは省三さんの背中を思いっきり叩きました。省三さんは、イタタとしかめっ面になりながら、まんざらでもない顔をしていました。
「節ちゃん、今日みやげ持ってきた家と、そうでない家の一覧表をわしにくれるかな。今夜中に電話しておくことにするわい」
「ありがと、じゃあ、すぐに作るからまってて。」
節子さんは省三さんにくるりと背を向けると福田さんを探して駆け出しました。
省三さんとの話を福田さんに伝えると、福田さんは平野くんをすぐに呼びました。そして、お土産をもらったことそうでない子の一覧表を作るように頼みました。
平野くんは「少し待ってください。プリントアウトしてきます。」というと、スタッフの部屋に入って行きました?
その間に福田さんは桜の木の根方にいる省三さんのところに行って、
「省三さん、お手数おかけして申し訳ありません。そうぞよろしくお願いします。」と、頭を下げました。
「何おいうとるんじゃ、いうことを聞かんかった村のものが悪いんじゃから、君の謝る必要はない。任しときな。年寄りの言うことはみんな聞いてくれるからな。」と、ニヤリと笑いました。福田さんもおもわず一緒に微笑んでしまいました。
そこに、平野くんが1枚の紙を持ってきました。
「これが、お土産もらったことそう出ないこのリストです。」
福田さんはえっ?と言う顔をしました。いま頼んだばかりなのに…
その表情を見た平野くんが、にこりと笑いながら、「話を聞いた時に、一応リストにておいたほうがいいと思って、スタッフから、その名前を引き上げておいたんです。」
「さすがだね」と福田さん。
「こいつは使えると思ったが、いい軍師をもっちょるな」と、省三さんも褒めてくれました。
「おい、平野君じゃったな、うちの娘の婿にどうじゃ?」
これには平野君も福田さんも大慌てで、「いやいや、まだ学生ですから。」と二人で口を揃えました。
省三さんは大笑いで、「まあ、いい長い付き合いじゃ」と訳のわからないことを言いながら、リストをひらひらさせて、うちの方に帰って行ったのでした。
「平野君、本当に仕事にそつがないね。ありがとう」
「いえいえ、着実にしたまでですよ」
そこに節子さんが、ニヤニヤしながら割り込んで来て、「平野君、省三んはきっと本気よ」
「え、節子さん、何言ってるんですか」と、平野君は耳まで赤くして、オロオロしています。
「平野君て結構ウブなのね」と言うと、福田さんと二人で大笑いをしました。
平野君は「俺仕事がありますから」と、台所の方へ行ってしまいました。
「節子さん、そう入ってもありがとうございました。」
「お礼は明日、省三さんにおっしゃい。あれで、結構面倒見いいし、こうと思ったら、しっかりしてくれる。それに村の最長老だからね。大丈夫よ」
「いや、本当にありがとう」
「それから、あした朝、省三さんのところに行きたいんだ。付き合ってくれるかな。今夜でもいいんだけど。」
「わざわざお礼に行く必要なんてないわよ」
「そうじゃないんだ、三枝君のことをもう少し詳しく聞いて見たいんだ。節子さんには言うけれどこれは決した口外しないで欲しいんだ。」と、省三さんから聞いた三枝君のあざの話をしました。
「なるほどね、わかったわ、時間聞いてみる。また連絡するわ」
「重ね重ねありがとう」

すでに8時を回っていました。
平野君が子供達に声をかけて、襖を取り払った大部屋に集めま。
「みんな、今日は楽しかったかな?」
「は〜い」小さな子どもたちは、こぞって返事をします。
「さて、今夜も日記を書くことにしましょう。」

すでに小さな子供たちは眠そうな気配です。
福田さんは、あれっ?と、思いました。
あかりちゃんが寝ていないのです。

しかしそんなことは関係なく、谷口君は、夜の活動を進めていきます。
日記を書き、歯磨きをし、みんなで布団を敷いていきます。
布団を敷き終わると、男の子とお何のこの部屋の仕切りのふすまが閉まり、電灯が半分ぐらいおとされ、薄暗い中で、だんだんとざわつきが静まっていきます。
そんな中、今野さんが、スタッフルームからあかりちゃんを抱いてきます。
もらい風呂から戻ってきたときに、寝てしまっていたので、スタッフルームに寝かせていたのでした。
今野さんはあかりちゃんを昨夜も寝ていた場所にそっと寝かせました。

そうして、昨夜と同じようにスタッフのミーティングが始まりました。
子どもたちの様子は、昨夜以上にいろいろ報告されてきます。
三枝洋君のことも話題になりました。
本人から聞いた話と、省三さんから聞いた話などです。
そして、福田さんは、福野君に「夜の様子はどうだった?」と、たずねました。
福野君は、「お風呂から帰ってきてからはとても楽しそうでしたよ。」との答えです。
「それはイイネ、明日もこの調子で行きましょう。あかりちゃんのことは、どうかな?今野さん。」
「はい、お風呂いただきに行って、またホームシックが出ちゃったみたいです。夜道を歩いているときにすでにちょっと怪しかったんですが、おばあちゃんのおうちで、堰を切ったように泣いちゃって。でも、おばあちゃんは、任せときなさいと言ってくださったんで、そのまま預けてきたんですが、迎えに行ったら、お布団ですやすや寝ていて。そのままおんぶしてきたというわけです。」
「ご苦労様でしたね。」
「おばあちゃんの話では、心配ないよということでした。小さい子は、こういうことを繰り返して、親離れしていくんだよっておっしゃってました。」
「なるほどね、親離れか…」

平野君が頃合いを見て、「では、明日の予定の確認をしましょう。」
谷口君が、「では明日の予定です」
あしたは、今朝と同じ朝食です。そして、午前中は、堤光さんの畑に行ってトウモロコシの収穫をさせてもらいます。
帰ってきて、子どもたちは、ごはんと、カレーを作ります。地域の方々も来ますのでたくさん作ります。
あと、私たちで、フルーツポンチやサラダを作ります。
それから虫よけも兼ねていくつかかがり火を回りに焚くことにします。その周りにちょっと腰かけられるような椅子も少し置きたいと思います。
お年寄りが多いので、立ったまま食べるのはつらいかもしれませんので。
その後、夕食後、今度は、各貰い風呂受け入れ担当のご家族の方々に子どもたちを連れて行ってもらい、お風呂に入れてもらいます。
そして、帰りだけ我々で迎えに行きます。

最後に、福田さんが「みんな、最後にちょっと話してもいいかな? 時間が遅いからできるだけ手短にするけど…」
みんな、福田さんを見てうなづきます。
今日は、まず、私の計画の甘さ、判断の未熟さを思い知りました。川遊びでの疲れと帰りの時間の読みの甘さです。子どもたちは、私たちの予想以上に川ではしゃぎ、予想以上につかれました。そして、帰りの道に多くの時間を使ってしまいました。したがって夕食があのような状況になりました。
しかし皆さんの迅速な対応で事なきを得ることができました。ありがとう。
平野君と谷口君が先頭に立って野外炊飯の練習もしてくれていたということも聞きました。皆さんに感謝です。
今回のことで、トレーニングは重要だなと、痛感しました。そして、もうひとつ、同じようにトレーニングをしなくてはいけないと思ったことですが、三枝君のような子がきっとこれからも多く参加してくるんだろうなと思います。また、あかりちゃんのような子の対応についても、もっと勉強しなくてはいけないと思います。
すなわち、子どものここをのケアーのためのトレーニングと、キャンプの技術のトレーニングの両方をしなくてはいけないということです。
このキャンプが終わったら、最初に始めるのは、来年のキャンプに向けて、スタッフトレーニングを始めようと思います。皆さんには、ぜひご協力願いたいのです。」
みんな黙って、大きく頷きました。言葉はありませんが、その眼にはみんな強い意志が込められていました。

はじめに

その昔…20年近く前になると思います。日本型環境教育の提案という本が発刊されました。 その巻末だったと思いますが、「奥深村自然学校物語・序章」というショートストーリーが乗っていました。 私はこのお話の続きが書きたいと思いました。 当時、この本に大きくかかわっていらした...